映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
あらすじ・ネタバレ・感想
人生、サイアク?
税金の申告に追われ、言うことを聞かない家族にうんざりし、年老いた父親の世話に疲れ果てる。
そんな“何者でもない”自分に嫌気がさしていないだろうか。
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(略称:エブエブ)は、そんな人生ドン底のフツーのおばさんが、突如として全宇宙の運命を背負い、カンフーと愛で世界を救う、奇想天外な物語だ。
しかし、その実態は、マルチバース(並行世界)を舞台にした壮大なアクション大作でありながら、母と娘のすれ違い、夫婦の愛、世代間の断絶といった、我々の誰もが抱える普遍的な悩みを、涙と笑いと“ベーグル”で描き切った、感動のヒューマンドラマである。
本記事では、あらすじからキャスト紹介、そして物語のネタバレ解説まで、掘り下げていく。
1.映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の作品情報
| タイトル | エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス(Everything Everywhere All at Once) |
|---|---|
| 監督 | ダニエル・クワン, ダニエル・シャイナート |
| 公開年 | 2022年 |
| キャスト | ミシェル・ヨー, キー・ホイ・クァン, ステファニー・スー, ジェニー・スレイト, ハリー・シャム・ジュニア, ジェームズ・ホン, ジェイミー・リー・カーティス 他 |
| ジャンル | コメディ,ファンタジー |
2.映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のあらすじ
物語の主人公は、破産寸前のコインランドリーを経営する中国系アメリカ人のエヴリン・ワン。
国税局の厳しい監査、頼りない夫のウェイモンド、反抗的な娘のジョイ、そして頑固な父親。
人生の全てがうまくいかず、彼女は心身ともに疲れ果てていた。
国税局のビルで、人生最悪の日を迎えていたエヴリン。
その瞬間、突如として夫のウェイモンドの様子が豹変する。
「僕は別の宇宙から来た夫だ」と名乗る彼は、エヴリンに驚くべき事実を告げる。
全宇宙(マルチバース)は、ジョブ・トゥパキという謎の存在によって破滅の危機に瀕している。
そして、その脅威を止められるのは、この宇宙の、人生に失敗し続けた“何者でもない”エヴリンだけなのだ、と。
訳も分からぬまま、エヴリンは別の宇宙の自分と精神を繋ぎ、その能力をダウンロードする「バースジャンプ」という能力に目覚める。
カンフースターの自分、女優の自分、料理人の自分…。
ありとあらゆる“もしもの人生”のスキルを駆使して、彼女は全宇宙の存亡をかけた、奇妙で、壮大な戦いに身を投じていく。
3.主要な登場人物とキャスト
- エヴリン・ワン(演:ミシェル・ヨー)
主人公。
人生に疲れ果てたコインランドリーの店主。
- ウェイモンド・ワン/アルファ・ウェイモンド(演:キー・ホイ・クァン)
エヴリンの夫。
おっとりしていて頼りないが、誰よりも深い愛を持つ。
そして、別宇宙から来た、有能で屈強なエージェント「アルファ・ウェイモンド」も演じ分ける。
- ジョイ・ワン/ジョブ・トゥパキ(演:ステファニー・スー)
エヴリンの娘。
母親との関係に悩む。
そして、全宇宙を虚無に陥れようとする、絶大な力を持つヴィラン「ジョブ・トゥパキ」でもある。
- ディアドラ・ボーベアドラ(演:ジェイミー・リー・カーティス)
国税局の監査官。
エヴリンを追い詰める厳格な敵役。
しかし、別宇宙では意外な姿も見せる。
4.映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のネタバレ
※ここからは映画の核心に触れるネタバレを含みます。
本作の奇想天外な設定は、全てが家族の愛という一つのテーマに収束していく。
・マルチバースと“バースジャンプ”のルール
本作の「バースジャンプ」は、通常ではありえない突飛な行動(例:靴を左右逆に履く、紙で指の間を切る)をすることで、別宇宙の自分と繋がり、そのスキルを一時的に使えるようになる、というユニークな設定だ。
このルールが、予測不能でコミカルなアクションシーンを生み出している。
・ヴィランの正体:ジョブ・トゥパキと“全てが乗ったベーグル”
エヴリンが戦うべき巨悪、ジョブ・トゥパキの正体。
それは、アルファ宇宙のエヴリンによって才能を極限まで開発された結果、精神が砕け散り、全ての宇宙の自分を同時に認識できるようになった、娘のジョイだった。
全てを経験し、全てを知ってしまった彼女は、「全てに意味などない」という虚無主義(ニヒリズム)の結論に達する。
彼女が作り出した「全てが乗ったベーグル」は、文字通り全ての物質、概念、感情が乗った虚無の塊であり、全てを無に帰すブラックホールだ。
彼女の真の目的は世界を破壊することではなく、この虚無を理解できる誰か、つまり母親であるエヴリンを見つけ出し、自らの存在を終わらせることだった。
・ウェイモンドの哲学:「優しさで戦う」
戦いの中で、エヴリンもまたジョブ・トゥパキと同じように、全ての宇宙の自分を認識する能力に目覚める。
絶望と虚無に飲み込まれそうになった彼女を救ったのは、普段は頼りなく見える夫、ウェイモンドの言葉だった。
「優しくなって」。
彼は、人生がうまくいかない時でも、常に優しさとユーモアで乗り越えてきた。
その哲学こそが、ジョブ・トゥパキという虚無と戦うための唯一の武器だと、エヴリンは気づく。
クライマックス、彼女はカンフーではなく、マルチバースの力を使って敵対する者たちの悩みや痛みを理解し、それぞれの幸せを見つける手助けをすることで、彼らを無力化していく。
・虚無との対峙、そして母の愛
最後の戦いの舞台は、国税局のビル前の駐車場。
全てを諦め、ベーグルに吸い込まれようとするジョイに対し、エヴリンもまた「意味なんてない」という虚無を受け入れる。
しかし、彼女はこう続けるのだ。
「私はいつも、あなたと一緒に、ここにいたい」。
たとえ宇宙に意味がなくても、目の前にいる娘を愛するという、たった一つの選択。
この無条件の愛の告白こそが、ジョイ(ジョブ・トゥパキ)を虚無から救い出す。
家族は和解し、不毛な税金の申告も、少しだけ前向きに進み始める。
日常は何も変わらない。
しかし、その日常を見る彼女たちの心は、確かに変わっていた。
5.映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の補足情報
アカデミー賞7部門席巻という歴史的快挙
第95回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、編集賞の主要7部門を受賞。
インディペンデント系の作品としては異例の快挙であり、多様性を象徴する受賞結果は、ハリウッドの新たな時代の幕開けを告げた。
キー・ホイ・クァンの奇跡のカムバック
助演男優賞を受賞したキー・ホイ・クァンは、80年代に『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』で天才子役として一世を風靡した。
しかし、その後はアジア系俳優としての役柄に恵まれず、俳優業を引退。
本作で、約20年ぶりに俳優として本格復帰し、見事オスカー像を手にした彼の物語は、映画そのものと同じくらい感動的だと世界中の涙を誘った。
ミシェル・ヨー、アジア人初の主演女優賞
香港のアクションスターとして長年活躍してきたミシェル・ヨーが、本作でアジア人初のアカデミー賞主演女優賞を受賞したことも、歴史的な出来事だった。
「ダニエルズ」監督の狂気と才能
監督のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート(通称:ダニエルズ)は、前作『スイス・アーミー・マン』(死体が主人公の映画)でも知られる、奇想天外なアイデアの持ち主。
低予算の中で、VFXチームを極限まで減らし、自分たちで編集やエフェクトを手掛けるなど、その独創的な映像作りも高く評価された。
6.映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の感想
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、ジェットコースターのようだ。
カンフー、SF、コメディ、家族ドラマ、哲学。
あらゆるジャンルをごちゃ混ぜにし、目まぐるしいスピードで我々の脳に叩き込んでくる。
正直、最初は情報量の多さに混乱するかもしれない。
しかし、そのカオスの中心には、驚くほどシンプルで、温かいメッセージが隠されている。
この映画の重要な点は、マルチバースという壮大なスケールの設定を、「人生の“もしも”」という、誰もが一度は考えたことのある個人的な後悔や願望のメタファーとして使ったことだ。
「もし、あの時違う選択をしていたら…」。
エヴリンは、その全ての可能性(成功した自分も、失敗した自分も)を経験した上で、最終的に、目の前にある、不完全で、サイアクで、しかし、かけがえのない「今の人生」を選ぶ。
そして、その選択を後押しするのが、キー・ホイ・クァン演じるウェイモンドの「優しさ」だ。
彼の哲学は、現代社会における一つの答えかもしれない。
冷笑や暴力ではなく、優しさと理解で戦うこと。
その一見弱々しく見える力が、実は最強なのだと、この映画は教えてくれる。
これは、家族の物語であり、そして、人生の岐路に立つ全ての人々の物語だ。
まとめ
本記事では、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を、あらすじからネタバレ、トリビアに至るまで徹底的に解説してきた。
この映画は、混沌とした現代を生きる我々への、一つの答えだ。
人生はサイアクで、意味なんてないのかもしれない。
でも、だからこそ、誰かを愛し、優しくすることを選ぶ。
その選択こそが、暗闇を照らす唯一の光なのだと。
見終わった後、あなたはきっと、自分の人生を、ほんの少しだけ愛おしく思えるはずだ。