映画『ベイビー・ドライバー』
あらすじ・ネタバレ・感想
音楽が鳴り始めると、世界は彼のものになる。
エンジンの咆哮はビートとなり、タイヤの軋む音はメロディと化す。
彼は、天才的なドライビングテクニックを誇る、組織の「逃がし屋」だ。
映画『ベイビー・ドライバー』は、『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『スコット・ピルグリム VS.
邪悪な元カレ軍団』でカルト的な人気を誇るエドガー・ライト監督が、音楽とカーアクションを前代未聞のレベルでシンクロさせた、新感覚のクライム・ミュージカルである。
一人の青年が、犯罪の世界から抜け出し、愛する人と生きるためにアクセルを踏む。
その物語は、スタイリッシュな映像と、こだわり抜かれたサウンドトラックによって、観る者のアドレナリンを沸騰させる。
本記事では、こあらすじからキャスト紹介、そして物語の核心に迫る完全ネタバレ解説まで、掘り下げていく。
1.映画『ベイビー・ドライバー』の作品情報
| タイトル | ベイビー・ドライバー(Baby Driver) |
|---|---|
| 監督 | エドガー・ライト |
| 公開年 | 2017年 |
| キャスト | アンセル・エルゴート, ケヴィン・スペイシー, リリー・ジェームズ, エイザ・ゴンザレス, ジョン・ハム, ジェイミー・フォックス, ジョン・バーンサル 他 |
| ジャンル | アクション,音楽 |
2.映画『ベイビー・ドライバー』のあらすじ
物語の主人公は、ベイビー。
幼い頃の事故の後遺症である耳鳴り(Tinnitus)をかき消すため、彼は常に音楽を聴いている。
その並外れた聴覚とリズム感は、彼を組織最強のゲッタウェイ・ドライバー(逃がし屋)へと押し上げた。
彼は、犯罪組織のボスであるドクの借金を返すため、強盗メンバーを目的地まで送り届け、警察の追跡を振り切るという危険な仕事に手を染めていた。
彼は、自分の世界だけに没頭し、危険な仲間たちとは決して深く関わろうとしない。
そんなある日、ベイビーはウェイトレスのデボラと出会い、恋に落ちる。
彼女の存在は、ベイビーに犯罪の世界から足を洗い、真っ当な人生を歩みたいと強く願わせる。
ついにドクへの借金を返し終え、自由を手にしたベイビー。
デボラと共に、音楽だけを道連れに、どこか遠くへ旅立とうと計画する。
しかし、ドクは彼を手放さなかった。
「これが本当の最後だ」と。
集められたのは、これまで以上に凶暴で予測不能な強盗メンバーたち。
ベイビーは、自らの命と、デボラとの未来を守り切るため、人生で最も危険なドライブに挑むことになる。
3.主要な登場人物とキャスト
- ベイビー(演:アンセル・エルゴート)
主人公。
天才的なドライビングテクニックを持つ、無口な青年。
音楽がなければ生きていけない。
- デボラ(演:リリー・ジェームズ)
ベイビーが運命的に出会うウェイトレス。
彼の心の支えであり、彼が守るべき未来の象徴。
- ドク(演:ケヴィン・スペイシー)
犯罪計画の全てを仕切る、冷徹なボス。
ベイビーの才能を高く買っているが、彼を道具としてしか見ていない。
- バッツ(演:ジェイミー・フォックス)
強盗クルーの一員。
非常に暴力的で、仲間に対しても常に疑心暗鬼な、最も危険な男。
4.映画『ベイビー・ドライバー』のネタバレ
※ここからは映画の核心に触れるネタバレを含みます。
本作の真髄は、音楽と映像の完璧なシンクロと、それが破綻していく後半のドラマにある。
・「音楽」がルールの世界
この映画の最も革新的な点は、選曲が映像にBGMを付けているのではなく、映像が音楽のビートと展開に完璧に従属していることだ。
冒頭の「Bellbottoms」に合わせた神業的なカーチェイス。
ベイビーがコーヒーを買いに行くだけの長回しシーンが、「Harlem
Shuffle」の歌詞やリズムと完全にシンクロする様。
銃撃戦の銃声が「Tequila」のビートと一致するシーン。
エドガー・ライト監督は、この世界全体を、ベイビーが聴いているプレイリストの「ミュージカル」として構築したのだ。
・破綻の始まり:バッツという不協和音
ベイビーの完璧な世界は、最後の強盗にジェイミー・フォックス演じるバッツが参加したことで崩壊し始める。
バッツは、ベイビーのリズムを無視し、勝手な行動で計画を乱す「不協和音」の象徴だ。
彼が引き起こした武器取引の失敗と、その後のダイナーでの脅迫は、もはや音楽では制御できない、生々しい暴力の世界へとベイビーを引きずり込む。
・ヴィランの交代劇
物語は、最後の強盗が失敗に終わったことで、一気に破滅へと突き進む。
警察との銃撃戦でダーリンが死亡。
それを見たバディは、それまでのクールな仲間から、恋人の復讐を誓う冷酷な殺人鬼へと変貌する。
一方、ベイビーを道具としてしか見ていなかったボスのドクは、土壇場でベイビーとデボラを逃がそうとする、父親のような一面を見せる。
しかし、ドクもバディによって殺害されてしまう。
序盤の冷徹なボス(ドク)や、凶暴な狂人(バッツ)が退場し、最も親しみやすかった仲間(バディ)が、最終的なヴィランとしてベイビーの前に立ちはだかる。
この展開こそが、本作のドラマの核心である。
・音楽の終わりと、未来への選択
クライマックス、バディとの立体駐車場での死闘。
ベイビーは、耳鳴りを起こした原因である事故の回想の中で、自らの「音楽」が、両親の死というトラウマから逃避するためのものだったことを悟る。
そして、デボラを守るため、彼は初めて音楽(iPod)を捨て、自らの意志で戦うことを決意する。
バディを倒し、デボラと共に逃げ切ったベイビーだったが、彼は検問の前で自ら投降する。
それは、音楽という麻薬に頼るのではなく、自らの罪を償い、本当の意味でデボラとの未来を始めるための、彼の「選択」だった。
ラストシーン、刑務所から出所した彼を、デボラが待っている。
モノクロだった世界が、彼女の姿と共にカラーに変わる。
それは、彼が音楽(逃避)ではなく、愛(現実)を選んだことを示す、ビタースイートなハッピーエンドである。
5.映画『ベイビー・ドライバー』の補足情報
20年以上温められた、監督の悲願
エドガー・ライト監督は、本作のアイデアを1990年代から温めていた。
彼が2003年に監督した、あるバンドのミュージックビデオ(Mint Royale の "Blue
Song")は、本作のプロトタイプとも言える、音楽を聴きながら待機する逃がし屋を描いたものだった。
音楽が先、脚本が後
通常の映画作りとは異なり、本作はまず使用する全楽曲のライセンスを先に取得し、その音楽に合わせて脚本と絵コンテが書き上げられた。
撮影現場では、俳優たちは常に音楽を聴きながら、そのビートに合わせて演技や動作を行うことを要求された。
CGほぼゼロのガチ・カーチェイス
本作の息をのむようなカーチェイスシーンは、VFX(CG)をほとんど使用せず、スタントドライバーによる実写で撮影された。
アンセル・エルゴート自身も、多くの運転シーンをこなしている。
徹底的な音響設計
本作は、その音響設計においてもアカデミー賞にノミネートされるなど高く評価された。
音楽だけでなく、セリフ、エンジン音、銃声、足音など、全ての音が「音楽」として機能するように緻密に設計されている。
6.映画『ベイビー・ドライバー』の感想
『ベイビー・ドライバー』は、間違いなく「体験」する映画だ。
冒頭の6分間、エンジン音と「Bellbottoms」が完璧にシンクロするカーチェイスが始まった瞬間、この映画の勝利は決定したと言える。
エドガー・ライト監督の「音楽と映像をシンクロさせる」という狂気的な執念が、全編にわたって火花を散らしており、そのスタイルとセンスは他の追随を許さないだろう。
しかし、その完璧なスタイルに全リソースを振り分けた結果、物語のプロットには疑問符がつく部分もある。
特に、後半の展開が多すぎると感じた。
前半は、ベイビーとデボラが出会い、彼が犯罪から足を洗おうとする、タイトでクールなクライム・ロマンスとして完璧だ。
しかし、最後の強盗が始まってからの展開は、あまりにも急激すぎる。
バッツがあっけなく退場し、それまで冷酷だったドクが急に「親心」を見せてベイビーを庇い、そして、一番話が通じる仲間だと思っていたバディが、恋人の死をきっかけにターミネーターのような最終ボスへと変貌する。
この目まぐるしいキャラクターの立ち位置の変化と、急激なトーンの暗転は、展開の都合を優先させた強引さを感じずにはいられなかった。
スタイリッシュなクライム映画から、ダークな復讐劇への転換に、心が追いつかない部分があったのも事実だ。
とはいえ、それらの物語上の「粗さ」を補って余りあるほどの、圧倒的な映像的・音響的快感が本作にはある。
理屈ではなく、ビートで殴りかかってくるような映画だ。
この映画の「ノリ」に乗れるかどうか。
それが全てだろう。
まとめ
本記事では、映画『ベイビー・ドライバー』を、あらすじからネタバレ、トリビアに至るまで徹底的に解説してきた。
本作は、最高の「ミュージック・カーアクション」映画だ。
この映画は、我々に教えてくれる。
どんなに爆音の音楽で耳を塞いでも、愛する人の声と、自らの罪からは逃れられないのだと。
ぜひ、最高の音響環境で「体験」してみてほしい。