映画『グリーンブック』
あらすじ・ネタバレ・感想

映画『グリーンブック』のポスター1

画像引用元: IMDb


1962年、アメリカ。

そこには、肌の色というだけで人の価値が決められ、行く先さえも制限される理不尽な現実があった。

そんな時代に、一台の車で旅に出た二人の男がいた。

一人は、粗野で無教養なイタリア系の白人運転手。

もう一人は、知的で気品あふれる天才黒人ピアニスト。

第91回アカデミー賞で作品賞を含む3部門を制した映画『グリーンブック』。

これは、人種も、階級も、性格も、何もかもが正反対の二人が、アメリカ南部の旅を通して、互いの心の壁を乗り越えていく姿を描いた、実話に基づく奇跡の物語だ。

笑いとユーモアに満ちた道中の先に見えてくる、胸を打つ友情と、人間の尊厳とは何かという普遍的な問い。

本記事では、この感動作の魅力を、あらすじからキャスト紹介、そして物語の核心に迫る完全ネタバレ解説まで掘り下げていく。

1.映画『グリーンブック』の作品情報


映画『グリーンブック』のポスター

画像引用元: IMDb

タイトル グリーンブック(Green Book)
監督 ピーター・ファレリー
公開年 2018年
キャスト ヴィゴ・モーテンセン,マハーシャラ・アリ,リンダ・カーデニーリ 他
ジャンル ドラマ,コメディ

2.映画『グリーンブック』のあらすじ


舞台は1962年のニューヨーク。

ナイトクラブで用心棒として働くトニー・“リップ”・バレロンガは、ガサツで口が達者だが、家族を何よりも愛するイタリア系の男。

ある日、クラブの改装で失業した彼は、奇妙な仕事の面接へと向かう。

依頼主は、カーネギー・ホールの上階に住む、ドクター・ドナルド・シャーリーという黒人ピアニストだった。

ドクター・シャーリーは、これから8週間にわたって行われる、人種差別が色濃く残るアメリカ南部への演奏ツアーのため、運転手兼ボディガードを雇いたいという。

当初は、黒人のために働くことや、その高圧的な態度に反発を覚えるトニーだったが、高い報酬と家族のために仕事を引き受けることを決意する。

レコード会社の担当者から渡されたのは、当時の黒人が安全に旅行するためのガイドブック「グリーンブック」。

二人は、この一冊のガイドブックを頼りに、キャデラックに乗り込み、ニューヨークからディープサウス(南部)へと旅立つのだった。

クラシックを愛するインテリの黒人と、ロックンロールを愛する労働者階級の白人。

行く先々で待ち受ける様々なトラブルと理不尽な差別を、二人は乗り越えることができるのか。

水と油のような彼らの、忘れられない旅が始まる。

3.主要な登場人物とキャスト


  • トニー・“リップ”・バレロンガ(演:ヴィゴ・モーテンセン)

    主人公。

    口八丁手八丁で、差別的な意識も持つが、一度引き受けた仕事は完璧にこなし、自分なりの正義を貫く男。

    演じるのは、『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルン役で知られるヴィゴ・モーテンセン。

  • ドクター・ドナルド・シャーリー(演:マハーシャラ・アリ)

    もう一人の主人公。

    ホワイトハウスでも演奏したことがある、天才クラシックピアニスト。

    常に冷静でエレガントだが、その心には深い孤独と葛藤を抱えている。

  • ドロレス・バレロンガ(演:リンダ・カーデリーニ)

    トニーの妻。

    夫の粗野な言動を理解しつつも、常に優しさと良識を忘れない、バレロンガ家の心優しき母親。

4.映画『グリーンブック』のネタバレ

※ここからは映画の核心に触れるネタバレを含みます。

8週間の旅は、二人の間の見えない壁を少しずつ溶かしていく、発見と変化の道のりだった。

始まり:水と油の二人

旅の始まりは最悪だった。

トニーはシャーリーから洗練された言動を取るように言われ、うんざりし、シャーリーはトニーの品のない言動や食欲に眉をひそめる。

物語冒頭、自宅に修理に来た黒人作業員が使ったグラスを、黙ってゴミ箱に捨てるトニーの姿は、当時の一般的な白人労働者階級の差別意識を象徴していた。

変化の兆し:フライドチキンと手紙

最初の転機は、フライドチキンだ。

フォークとナイフなしでは食べられないと言うシャーリーに、トニーは「こうやって食うんだ」と手づかみでチキンを頬張り、骨を窓から投げ捨てる。

最初は呆れていたシャーリーも、やがて恐る恐るチキンを手に取り、トニーの真似をする。

二人の間に、初めて笑みがこぼれた瞬間だった。

また、教養のないトニーが妻ドロレスに送る拙い手紙を見かねたシャーリーが、代筆を申し出る。

シャーリーの紡ぐ詩的な言葉の数々は、ドロレスを感激させ、同時にトニーの心にも変化をもたらしていく。

魂の演奏と、本当の友情

旅の最終日、最後の演奏会場であるアラバマ州の高級レストランで、事件は起きる。

シャーリーは、出演者であるにもかかわらず、そのレストランでの食事を拒否されるのだ。

支配人は「規則ですから」の一点張り。

トニーは激怒し、契約を破棄して店を出ることを決意する。

その夜、トニーがシャーリーを連れて行ったのは、黒人たちが集う地元のブルースバー「オレンジ・バード」だった。

最初は戸惑うシャーリーだったが、やがて彼は、ステージのピアノで超絶的な技巧の即興演奏を披露する。

クラシックの殿堂ではなく、同じ黒人たちの前で、心のままに音楽を楽しむ彼の姿は、それまで見せたことのない輝きに満ちていた。

雪の降る帰り道、運転するトニーが疲労で眠ってしまうと、今度はシャーリーがハンドルを握る。

立場が逆転したこの静かなシーンは、二人の間に確かな友情が生まれたことを物語っていた。

結末:クリスマスの奇跡

クリスマスイブの夜、トニーはニューヨークの自宅に帰る。

家族や親戚が集まる温かいパーティ。

そこに、一人で豪邸に帰ったはずのドクター・シャーリーが、トニーの妻への感謝の印であるシャンパンを手に、訪ねてくる。

一瞬の静寂の後、トニーは「ドク!」と彼を招き入れ、妻ドロレスは彼を優しく抱きしめる。

人種の壁を越え、二人の男が本当の友人となった、静かで、最高のクリスマスの奇跡だった。

5.映画『グリーンブック』の補足情報

実話に基づく物語

本作は、脚本家の一人であるニック・バレロンガが、自身の父トニー・バレロンガとドクター・シャーリーから直接聞いた話に基づいている。

ニックは、父とシャーリーが亡くなった後に、彼らの物語を映画化することを決意。

映画のラストには、実際の二人の写真も映し出される。

アカデミー賞を席巻

第91回アカデミー賞では、作品賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚本賞の主要3部門を受賞。

人種という重いテーマを、ユーモアと温かさをもって描き、多くの観客の心を掴んだことが高く評価された。

役作りへの情熱

ヴィゴ・モーテンセンは、トニー・リップというキャラクターを完璧に再現するため、実際に20kg以上も体重を増やして撮影に臨んだ。

劇中で彼がピザを二つ折りにして食べるシーンなどは、バレロンガ家への取材から生まれた、リアルな描写である。

映画を巡る論争

本作は絶賛される一方で、いくつかの論争も巻き起こした。

特に、ドクター・シャーリーの遺族からは、「二人の友情は映画で描かれているほど親密なものではなかった」「シャーリーは家族と疎遠ではなかった」といった内容の批判がなされた。

また、黒人の問題を白人の視点から解決する「ホワイト・セイバー(白人の救世主)」的な物語構造である、という批判も一部であった。

これらの論争は、実話に基づく映画を制作する上での難しさと、歴史をどう語るかという問題を浮き彫りにした。

6.映画『グリーンブック』の感想

ユーモアという最高の潤滑油で描く、孤独と勇気の物語

『グリーンブック』は、間違いなく二人の俳優の映画だ。

ヴィゴ・モーテンセンの、全身全霊で「愛すべきガサツな男」になりきった演技。

マハーシャラ・アリの、一ミリの隙もない気品と、その下に隠されたガラスのような繊細さを見事に表現した演技。

この二人の間に流れる、時にコミカルで、時に痛切な化学反応こそが、本作の全ての原動力である。

人種差別という、あまりにも重く、根深いテーマを扱いながら、この映画が決して説教臭くならず、観る者を温かい気持ちにさせるのは、全編に散りばめられたユーモアのセンスだろう。

ドクター・シャーリーにフライドチキンの骨は窓から捨てていいと教えながら、トニーが紙コップを捨てようとすると「ゴミのポイ捨てはダメだ」と真顔で止めるシャーリーの姿には、彼の自分勝手だがどこか憎めない独自のルールが凝縮されており、面白かった。

また、本作が巧みに描き出すのは、差別の多様性だ。

南部の富裕層が見せる、一見丁寧だが、より根深い間接的な差別には、特に考えさせられるものがあった。

ドクター・シャーリーの才能を「称賛」しながら、家のトイレを使わせることは拒否する。

その差別の仕方はあまりにも奇妙で、表面ではいい顔をする彼らの態度は、人間を「素晴らしい芸術品」としては認めても、「同じ人間」としては決して認めないという、歪んだ選民意識を浮き彫りにしていた。

そして、この旅を通して最も心を揺さぶられたのは、ドクター・シャーリーが抱える深い孤独だ。

教養があり裕福でも白人の世界では決して受け入れられず、かといって黒人コミュニティの文化にも馴染めない。

彼が雨の中でトニーに叫んだ「私は黒人でもなく、白人でもなく、男ではない私は一体何者なんだ」という言葉は、彼の「黒人でも白人でもない」という孤立した立場を痛切に表しており、深く考えさせられた。

だからこそ、なぜ彼がこれほどの屈辱を耐えてまで南部のツアーを続けるのか、という問いの答えが胸に響く。

彼がトニーに語った「勇気が人の心を変えるから」という旅の目的は、あまりにも力強く、印象に残っている。

彼はただピアノを弾いていたのではない。

自らが矢面に立ち、偏見に満ちた人々の心を少しでも変えようと、尊厳をかけて戦っていたのだ。

この映画の最大の功績は、難しい理屈ではなく、「一人の人間が、もう一人の人間を知る」という、最もシンプルで普遍的なプロセスを通して、人種問題の本質に光を当てたことにあるのではないだろうか。

まとめ

本記事では、映画『グリーンブック』を、あらすじからネタバレ、トリビアに至るまで徹底的に解説してきた。

この映画が教えてくれるのは、最も遠い場所にあるのは地理的な距離ではなく、人の心の距離だということ。

そして、その距離を縮めるために必要なのは、一枚の地図ではなく、ほんの少しの勇気とフライドチキンなのかもしれない。